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「ごめん、もう、むり」
だって。なんだそりゃ。2人きりの放課後の教室、夕焼け色の空・・・なんていう素敵なシチュエーションの中
告げられた言葉。「は?」と思わずまぬけな声を出してしまった。「もう、むり」ってなんなの。意味わかんない
んだけど。そんな言葉で片付けられるような話?優斗はそんなに軽くわたしのこと考えてたの?それともあ
れですか。元からそんなに好きじゃなかったとかですか。とりあえず彼女が欲しかったからちょうどよく告白し
てきたわたしとしょうがなく付き合ったの?あのとき笑って頭撫でてくれたのとか夜会いに来てくれたのとかみ
んな”しょうがなく”やってくれたことなのかなあ。変な冗談?ドッキリ?もう少ししたら『だましてゴメンね!』な
んていう看板持って出てきてくれるんでしょ?今なら笑って許してあげるよ?てゆーか何が無理なのか説明し
ろバカ。あーわたしって何なんだろ?笑えてくる。バカはわたしか?
「ん、」
ふっと影ができたかと思うと、わたしの顔の横にアクエリアスの缶があった。冷気があたってほっぺが冷たい。
「・・・頼んでないんだけど」
わたしの言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、板崎はわたしの隣に勝手に座ってなっちゃんオレンジのふ
たを開けた。プルタブを引くカチャリという音が響く。
「もう7時だけど」
「帰れば?」
「それはこっちのセリフ。お前帰らないの?」
板崎は「風つえー!」とか言いながらなっちゃんオレンジを飲む。バタバタとシャツの裾がなびいていた。・・・屋上
なんだから風強いのは当たり前じゃん。なんなんだこいつは?わたし1人になりたかったからわざわざ屋上に来た
のに。・・・それぐらい、いくらバカでもわかるでしょ。板崎のほうをちらっと見ると寒そうにしながらグラウンドのほうを
見ていた。時々強い風が吹いてわたしの髪の毛がなびく。
「明日の調理実習ってオムライスだよなー」
「・・・・」
「あの先生のエプロン姿とか見たくない。全然萌えない。俺あいつどーも嫌いだわ」
「・・・・」
「てかさ、数学の宿題ってどこまでだっけ?練習問題まで?」
「・・・・」
「俺明日当たるんだよー最悪だ」
「・・・・何が言いたいの?」
板崎を睨むと「別にー」となんでもないような顔で返された。・・・こいつ無神経すぎる。別に、だって。こっちは自慢じゃ
ないですけど半年付き合ってた彼氏にいきなり振られたんですよ。悲しいんですよ。落ち込んでるんですよ。なのに、
別に?じゃあいちいち話しかけないでようっとうしい。持っている携帯を開いてみた。ディスプレイには19:27という文
字が光る。
優斗は昔からサッカーしか能がないようなやつだった。小学校からずーっとサッカーをやってきたみたいで、中学に入
るとすぐにサッカー部に入部した。口では調子いいことばっかり言っておいおいこいつ調子乗ってるなーと思ってたけど
確かにサッカーは上手かった。わたしはサッカーのことに詳しくないからよくわからないけど、それでも、上手いなあと思
った。必死にボールを追いかける優斗をかっこいいとも思った。
なにが「もう、むり」だよ。ばーか。
カツンと冷たいものが指に当たった。さっき板崎が持ってきてくれたアクエリアスの缶が転がった。
「女1人にはトラック1台分の男がいるんだって!すごくね?」
ふいに上から声が降ってきた。見てみると板崎はにかーっと笑いながらこっちを見ていた。ぽかーんとしているわたしに
「飲まないの?」とアクエリアスを指す。トラック1台分って、なんだそりゃ。励ますんならもうちょっとかっこいい言葉で励
ましてよ。女1人にトラック1台分の男だって。なにそれ。誰が証明したのよ。本当に、もう。ばか。おっかしい。わたし今
めちゃくちゃ落ち込んでるんだから・・・さあ、
アクエリアスのふたを開けて一気に飲んだ。頭がキーンとした。空になった缶を投げると風にあおられながら落ちて、下
のほうでカランという音がした。隣で板崎はそれを見て「おー!」とかまぬけな声を出して、空になったなっちゃんオレンジ
の缶を投げていた。また、カランという音が聞こえた。
「やあっと笑った」
空には星が輝いていて。
「ありがとう」と呟いたわたしの声は、強い風に乗ってどこかへ飛んでいった。
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